|
かいつまんで事情を説明すると、和葉は息をついた。和葉は二人が想いあっていたことを知っていたので、驚いたのだろう。 「そうやったんか…」 「ごめんね、和葉ちゃん。言おうとは思ってたんだけど、なかなかタイミングがなくて」 「ええって、ええって。お互い様やしな」 「え?お互い様って…?」 和葉の口ぶりに何かを感じて、蘭が聞き返す。 「うちもな、振られてしもたん…平次に」 「ええっ…」 蘭が声を上げて口元を押さえた。新一も、驚きを隠せない。 平次と和葉は蘭と新一と同じように幼馴染で、そしててっきり恋愛感情でも好き合っているのだと思っていた。自分達のように長い間会わずにいることもなく、二人が上手く行かなかった理由が思いつかない。 「どうして?二人いい感じに見えたのに…」 「平次な、私のことは幼馴染以上には見られへんて。ま、そんな気ぃしてたんや、仕方あらへんわ」 和葉は笑顔を崩さずにけろっと言う。 「そっか…」 「それにな…、平次、他に好きな人おんねん」 「え?」 新一は思わず声を漏らした。平次に、和葉以外で想いを寄せる子がいるというのか。そんなことまったく知らず、また想像もしていなかったので虚をつかれた。 「服部くんが言ったの?」 「そうや、せやからうちとは付き合われへんて」 いつからのことか知らないが、平次はそんなこと一言も言っていなかった。連絡をあまり取らなくなってからなのかもしれない。 もしかして、その好きな人というのに夢中で東京に来るのが惜しいのだろうか。そう思うと、じんわりと嫌なものが胸のうちに広がるような気がした。 新一は、平次のことは親友だと思っている。他に変えられない、大切な。同じ高校生探偵として認め合い対等に言葉を交わせる相手。そして、コナンであったときから平次の傍は、他にないほど居心地がいい。新一は会えば憎まれ口をよくきいたが、その実平次は新一にとって気の許せる存在だ。 しかし考えてみると、新一は彼の交友関係などを殆ど知らない。明るく気のいい平次のことだ、学校などにも多くの友達がいるだろう。そしてそんな中の一人に、平次が想いを寄せる人物がいる。 何か急に、平次が遠く感じられた。 事件を介せば、自分と平次は一番近い距離でいられる。しかし、それを除くとそうではなかったのかもしれない。新一にとってはそうだったとしても。 平次は新一が元の姿に戻れるのを、自分のことのように喜んでくれていた。解毒剤のリスクを知って、心を痛めてくれもした。それが新一は気恥ずかしくもとても嬉しかったのだ。しかし、実際に新一が元に戻って、何をおいてもきっと来ると思っていた平次は一向に東京に姿を現さない。 新一は手にしたフォークでレモンパイを口に運んだ。酸味と甘みの混じったそれが口の中に広がる。胸につかえた何かで、飲み込むのに苦労する。 「服部に好きな奴ね…それは、知らなかったな」 言葉にすると、嫌な余韻が残った。 「学校とかの子なの?」 蘭が和葉に尋ねている。 「ちゃうよ。一年くらい前から好きやったらしいんやけど」 一年前。既にコナンとして平次と知り合った後だ。それなのにまったく気付いていなかった。 誰だろう。どんな相手なのだろう。そう思うと、知りたい気持ちがどんどんと溢れて抑えられなくなる。 「遠山さんは、それが誰だか知ってるのか?」 和葉も平次に振られてしまっているのだ、酷なことを聞いていると思わなくもなかったが、探偵としての好奇心か、それとも別の何かか、新一は問い質すのを止められなかった。 「え?ああ、知ってるで…一応、」 「どんな子だよ?」 問い詰めると言うにも近い口調に、和葉が戸惑っているのがわかる。しかし口をついて出る言葉は自然と詰問調になってしまう。平次の想い人というのがどんな人物なのか、どうしても知りたかった。 「どんな子て…、せ、せやなあ。平次は、どんだけ一緒におっても飽きなくて…すごく、真っ直ぐな奴、ゆうてたかな…」 笑顔でその人物を語る平次の姿が思い浮かんだ。その想像は新一に焦燥感に似たものを抱かせた。 「服部は、もうその子に気持ちを伝えてるのか?」 「…言うてへんて。言う決心つかへんゆうてたわ」 「本気なんだね、服部くん…」 和葉の答えを受けて言われた蘭の言葉が、新一の胸に落ちた。 「そうか…」 浮かんだ平次の顔は、ぽっかりと空いた胸にむなしく溶ける。何故、そんな気持ちになるのか自身でも計りかねた。 気持ちを持て余しながら、レモンパイの残りをつつく。和葉が手にしたアイスティーのストローを弄りながら、新一の方を見た。 「なぁ、工藤くん…」 ちらと見て、なにやら言いにくそうに語尾をにごらせる。 「なに?」 「あんなぁ、変なことゆうて気ぃ悪くしたらごめんな、工藤くん、もしかして…」 新一が先の台詞を予想もせずにいると、思いもつかないことを和葉は言った。 「平次んこと、好きなん?」 「へっ…?、ぐっ、」 思わず口の中のレモンパイを飲み込み、妙なところに入ってしまったそれに咽る。ごほごほと咳き込んだ。蘭が「大丈夫?新一、」と慌てて紅茶を差し出してくれる。ありがたくそれを飲んで、息をつく。 生理的に出た涙をぬぐいながら、新一は和葉に向き直った。 「な、なんで…」 なんと聞き返していいのか、迷う。和葉の言う「好き」とは今までの話の流れからすると、恋愛がらみの話に違いなかったから。男である自分が同姓の平次を好きなどとは、一般的に考えないことだ。新一自身ですら。 「せやかて、平次に好きな人おるて聞いて、工藤くん、なんややたら気にしとるみたいやったから…」 しかしその和葉の言葉で、何かが新一の中でぴたりとはまった。 平次は解毒剤を飲む新一のリスクを知って、心から心配してくれていた。それがたまらなく嬉しかった。 しかし新一が元の身体に戻ったと言うのに平次は一向に東京に来ない。それに不満を覚えていた。そしてその感情はおそらく、寂しさからきていたことに気付く。その半年余りの間、会えない平次の顔をよく思い出した。ずっと、彼に会いたいと願っていた。 東京に来ている和葉を見て、きっといるのだろうと期待した平次がいないことにひどく落胆した。そして彼女の話した、平次に好きな人がいるという話。 新一は、親友と思っていた平次にそんな想い人がいるなんていうことを知らなかった。それがとても悔しかった。そしてそれだけでなく、平次に自分の知らない、好きな相手がいること自体にショックを受けていた。 平次に自分以外、自分以上の、理解し合い認め合えるような関係の人間ができることが、嫌だと思った。 心の底から、嫌だ、と思った。 誰よりも、平次の傍にいるのは自分でありたいとそう願っていた。 まさか、と思う。けれど新一の中にあるそれらの気持ちは、間違いなくひとつを指していて。 それに気付くと同時に、平次の顔が思い浮かぶ。見慣れた姿、けれど想像の中の彼の笑顔は新一に火をつけた。 「新一?」 黙ってしまった新一を訝しく思ってか、蘭が声をかけてくる。新一はかっと顔に熱が集まるのを感じた。 「ばっ、バーロ…っなんで俺が服部のことを好きになんなきゃいけねーんだよ!男だぞ、アイツは!」 言ってしまって、しまったと思うが遅い。蘭と和葉が目を見開いてこちらを見ていた。 「工藤くん…」 「新一…、そんなにむきになると、認めてるみたいに聞こえるわよ?」 「なっ…、」 蘭が瞬きをしながら言った言葉に更に血が上る。新一は、居た堪れなくなって席を立ち上がった。 「と、とにかく変なこと言わないでくれ、服部はいい友達なんだし……じゃ、俺課題の続きやるから、帰るな」 熱い頬のまま慌しく二人に手を振ると、新一は店を後にした。 「新一……そうだったんだ……」 その後姿を見送りながら、蘭が呆気にとられてぽつりと溢す。 「まさかと思たけど……しっかり両想いやんか…」 「えっ?」 そして和葉が呆然と呟いた言葉に、ぱちりと瞬いた。 家に帰り着いた新一は、書斎に篭った。目に付いた小説を手にしてページをめくる。しかし、内容はちっとも頭に入ってこなかった。新一の頭の中を占めるのは、ついさっき気付いてしまった自分自身の想い。 親友だと思っていたはずだ。それなのに、なんで。 しかし思い返せば、心当たりはあった。ここ半年会うことの叶わない彼に抱いた想いも、それ以前、コナンであったとき感じていた平次への気持ちも。 ひとつの言葉に当てはめると、全て繋がる。 開いた本で顔を覆う。 「まいった…」 自覚してしまうと、今まで気付かなかったのが嘘のように自分が彼を好きだという証拠が後から後から出てくる。 相手は男だ。それにもかかわらず、平次のことを考えて胸が熱くなって仕方ないのが何よりの証拠。 男に恋心なんて、冗談では抱けない。同時に、きっとこの恋は叶うこともないだろうとも思う。男である自分に平次は応えてくれるはずがない。下手をすれば、友情を壊しかねない想いだ。 どうすればいいのだろう。新一は心の靄を逃がすように息をつく。 新一は座る書斎のデスクに放られた携帯を見やった。気付いた想いは、平次と話がしたいと…その声が聞きたいと、主張していた。 伸ばしかけた手を止める。一瞬躊躇って、しかしさらに伸ばした。指先が携帯を持ち上げた。 とたんに、携帯が鳴り始める。 驚いて取り落としそうになってしまった。寸でのところで手の中にしっかりと収める。ディスプレイを見た。その表示は、今し方想っていた名前。 「はっとり…」 いったいどれくらいぶりなのだろうか。彼から連絡がくるのは。新一は、驚きと焦りに震えそうになる指で通話ボタンを押した。 「…もしもし?」 『あ、もしもし工藤…?』 聞こえてきた声は、変わりのないやわらかなイントネーション。その声が安堵と共に、欲していた心にじんわりと染み込んでいく。 そしてそれと共に、ふつふつと湧き上がる感情のまま、新一は声をあげた。 「お前…、何ヶ月たったと思ってるんだよ!」 自分はずっと待っていたのだ。回線の向こうから平次の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。 『すまんな…そっち行きたいずっと思てたんやけど……いろいろ忙しくてな。 工藤、ちゃんと元気しとるんか?身体はもう平気なんか?』 「……そんなの、もうとっくに平気だ、」 しかしその苛立ちも、優しい声音で尋ねて来る、ずっと聞きたいと願っていたそれにすぐに消えていく。 『なんや今日和葉がそっち行ったらしいなぁ……工藤に会った言う電話がさっき来てな』 「ああ、会ったよ」 それで急に連絡してきたのか。先ほどの和葉に指摘されたことを思い出して、気恥ずかしさと同時に、胸をつくものが湧き上がる。 「なぁ服部……お前も東京、来いよ」 会いたい。と、そこまでは言えない。しかし思わず口からすべり出た言葉。正直、今の想いを自覚した状態で平次に会えばどうなるのかわからない。知られてはいけない。しかし、会いたいと思う気持ちを今の新一には止められなかった。 『せやな…』 平次は考えるように少し黙った。 やはり東京に来なくなったのは、好きという人のことが関係あるのだろうか。ふと思ったその考えは、新一の心を確実に刺した。 「まあ、忙しいんならしょうがねーけどよ…」 『冬休み…』 「え?」 平次は一旦言葉を切る。 『冬休みになったら、そっち行くわ』 「本当か?」 思わず必要以上の喜びが声に表れそうになって、新一は慌てて声を抑えた。 『おう、待っとけや』 平次がいつものようににやりと笑みを浮かべる様子が感じられた。 平次に会える。そう思っただけで心が浮き立った。気付いたばかりの恋心は新一の中で素直に反応する。 せめて今はこの気持ちを素直に受け止めようと思う。この小さな電話が、溢れそうになる新一の気持ちを飲み込んで隠しておいてくれるだろうから。 実際に会えば隠さなければならない想いはおそらく辛いだけだろう。けれども、それでも会いたいと願う。 早く来い、服部。 早くお前に会いたい。 心の中で彼の名前を何度も呼んだ。 (06/11/2) |