イン・ザ・ルーム 「ばかやろう!」 叫んだ声は物の少ない室内に反響し、りん、と空気を震わせた。 その残響が溶けてしばらく、発した声の大きさに自分自身でも驚いてしまって何も言えないでいた。目の前の人物はさらに、黒目がちの瞳を大きく見開いている。 双方沈黙が続く中、彼は瞳をぴくりと震わせ、ひとつ瞬いた。その瞳を目の端に留め、ヒューズは何とか声を搾り出した。 「…なん、で、お前はそうやって、いつも自分を大切にしないんだ…」 しかし喉が震えかすれてしまったそれは、相手にちゃんと届いたかわからない。 それからふた呼吸後、瞳に色を戻して、ロイもようやくその口を開いた。 「……お前に、そんな風に言われなければならない謂れはない、」 きっぱりとした声だった。 それを聞いて、先ほどの大声でどこかへ引っ込んでしまっていた感情が、再びふつふつと鳩尾辺りを焼くのがわかった。 「なんだって?」 呻いた声は、意図せずとも険悪な色を帯びた。 わかっている。彼に対して怒りを覚えるのは違う。それでも腹の奥から沸いた感情を完全に納得させるには難しく、ヒューズは汗ばむ手のひらに力を込めた。 彼の、ロイのやっていることは自傷行為に等しい。 それに見合った代価を必ず手に入れられる保障なんて、ないというのに。ともすれば、自分を傷つけること、それ自体が目的だとでも言うようだ。 それでもロイはそのやり方を変えるつもりはないらしい。『親友』である、ヒューズの想いなんて気にもとめず。 「お前には、関係のないことだと言ったんだ」 衝動を抑えているヒューズをお構いなしに、ロイは決定的に言った。話は終わりだ、と言うように背中を見せたロイの肩を捕まえ、手荒く振り向かせる。 「ふ…ざけるな!」 勢いをなんとか飲み込んだものの、それでも恫喝に近くなった声に、ロイは顔を顰めた。 「関係ない、だって?」 「関係ないだろう、お前には。話すことはない。……もうここから出て行け」 ロイはヒューズの手を振り払うと再度背中を見せ、掴まれた肩口の皺を軽く直した。 その背中に目眩すら覚え、最早自制、という言葉すらどこかへ行ってしまった。こいつは今、何を言った? 「ぐっ…!」 気付くと、ロイの襟元を掴み、引き寄せ、締め上げていた。身長差があるために、引き上げられる形のロイは、苦しい体勢に呻いている。 「ヒューズっ」 「お前は、どういうつもりか知らねえが…」 苦しさから抗議するロイを気遣う余裕もなく、更に力を込めてその身体を引き寄せた。 そして、間近に迫った顔に、口付ける。 「うむ…ふっ、ぐ、」 歯列の隙間から舌を侵入させ、ロイのそれを絡めとる。逃れようとする顎を空いた手できつく掴み、荒く口腔内を犯した。 「っ、」 解放すると同時、ロイは大きく顔をふってヒューズの手を顎から外し、両腕で強くヒューズの身体を押し飛ばした。その反動で後ろによろめく。更に警戒するように二、三歩下がると、広くない部屋の隅に居座るシンプルなベッドに足が当たって、小さく舌打ちをした。 この部屋は、持ち主の意思を反映するように物が少ない。その中で、一番の面積を占有しているその白いベッドは、存在を大きく主張している。 そもそも寝に帰るためのような部屋だ、それさえあれば事足りるのだろう。それにしたって、生活感が少し薄かった。あるのは少量の本と、食料、必要な分の衣服。その他は、冬になっても暖をとる手段すらない。ヒューズはいつもここに来るたび、薄ら寒い感覚を覚えた。この部屋の中に暖かい灯をともしたいと、何度も思う。 ヒューズは離れた分だけ距離を詰めようと、大股でベッドの前に立つロイに近づいた。 ロイは警戒心あらわに、ヒューズとの距離をとろうとする。しかし、部屋の角へ追い詰められる形になっているロイに逃げ場はない。 それでもわずかな隙間から逃れようと身を翻したロイの腕を、すばやく掴み取る。そしてそのまま白いシーツの上へうつぶせに押し付けた。 「ヒューズッ」 ロイがシーツの隙間からくぐもった声を上げる。ヒューズは構わずその上に乗り上げた。ぎし、とベッドは音を立てる。 あらわになっている首筋を舐め上げると、ロイの身体はびくりと震えた。 「よせっ、今日はもう」 言いかけて、噤む。その先の言葉は聞かなくても充分にわかっている。今日のロイの身体は疲労も限界だろう。つい数時間前に負ったばかりの傷は、まだ癒えていないに違いない。それでも、だからこそ、離してやるつもりはなかった。 「言われるままに身体を開いて、それで取り立てられて……そんなことで、お前はいいのか?」 「……私の行く道だ。手段は、選ばない…」 あの戦争から戻ってきて、ロイは英雄としての名前と地位を手に入れた。しかし、それはロイの望んだ場所にはまだ遠く、そしてそこへたどり着くには若さが邪魔をした。 正攻法では時間がかかりすぎる。それはヒューズにもよくわかっている。しかし、自身の身すら躊躇うことなく捧げてその道を行くロイには、黙っていられない。 まるで、その道を行くこと自体が罪を償うことであるかのように。道中で負ったすべての傷を背負い込んで、ひたすら歩いていく。 ロイが、どういうつもりかはわからない。それでも、自分と彼がお互い見返りを望まずにこうした行為に及んでいる以上は、 「他人でいたつもりは、俺は一度だってない」 「ヒュー…んっ」 顔を仰向かせ、再び口付ける。今度は丁寧に。その体の奥の傷も荷物も全て、曝け出させるように。 ロイの身を包んでいた衣服を取り去り、自分も全て脱ぎ捨てる。念入りな口付けで高ぶった身体は、既に緩く反応を見せていた。 そうすれば、あとの事は簡単だった。 「あ、あ…はあっ、ん、あ」 抜き差しを繰り返せば、ロイの口からは上がった息と湿った声が吐き出される。片方の手で、前にも刺激を与えてやれば、自ら腰を揺らし、甘い蜜がこぼれた。 それぞれの熱は、声と共に、室内に反響して溶けていく。 「んんっ…あ、ヒューズッ」 求めてきた唇を何度と重ねてやる。そのまま、黒く柔らかい髪や、目の際に滲んだ生理的な涙にもそっと唇を寄せる。 重なる体は、お互いの温もりを分け合った。高まるほど、どちらの熱かすっかりわからなくなってしまう。 ロイは愛撫を加えるたび、びくりと身体を震わせ、後ろのヒューズ自身にも刺激を与えてくる。そろそろ、限界も近い。 ロイに荷物を負わせている彼らも、こうしてロイの身体に酔ったのか。 ふいにそんな思いが頭を掠め、達する直前、ヒューズは身を引こうとした。すると、ロイがヒューズの腕を強く掴んだ。 「いい、ヒューズ…このままっ」 「う…っ」 そして、ヒューズはロイの中で果て、ロイも同時に達した。 ゆるゆるとまどろみの中にいた。頭上からは深い寝息が聞こえてくる。 (わかっているさ…、こんなことをしても、) 許されるわけではない。 それでも、この道を望んだ。どんなことでも受け入れてどこまでだって進んでいくつもりだ。 たった一人だったとしても。 (けれど、お前はいつも…) ゆるく上下する胸に、額を押し付けた。温もりが、心地いい。 「…ありがとう」 言葉は、吐息になって小さくこぼれた。 (06/1/26) |