my life is


 不安にならなくていい、
 恐れることもない
 喜びは朝と共にやってくる

 朝が来る。
 これが新しい始まりなのか、昨日の続きなのか。そもそも朝などというものはこの地には存在しないのか。
 昇る朝日はただ、焼けた大地を照らすだけだった。昇るたびに少しずつ広がっていく、焦げた土を照らし出す。建物も、動物も、人間も、全てを焼き尽くされた土地はけれどなんの感慨を与えてくることもなく、ただ一日一日と、確実に増えていく。
 昨日の続きか新しい今日か。そのどちらとも思えない。新しい何かが生まれることもなく、昨日の積み重ねが何かを作り出すわけでもない。土と硝煙と焼けた様々なものの、饐えた匂いだけがただ続く毎日。
 行き着く先がいったい何になるというのだろうか。
 わかるはずもなく、けれど今日もまたこの土地を焼くだろう自分を、どうすることもできない。
 日はどこにも等しく昇る。神は等しく地上を見わたす。
 それは人間の勝手な思い込みであると、自分は見捨てられてなどいないとそう考えたい人間の、欺瞞であると、とっくにわかっていた。
 それでも今日こそは何かが変わるのではないか。万物の平等に法って、光が全てに降り注ぎ喜びを与えるのではないか。そんなことを思ってしまうのは傲慢に過ぎる。
 何の罪も無い人々をこの手にかけているのは自分だというのに。

 じゃり、と足元で鳴る土を踏みしめて、昇る日を見ていた。どこからか聞こえてきたメロディ。
 かすれた歌声は、聞き覚えのあるものだった。

 苦しみは続かない
 主はいつでも傍にいて
 流れた涙を拭う

 荒れた土地の瓦礫の一角に腰掛け、日に向かって口ずさんでいる。ロイは傍へと寄った。
 声を掛けるより先に向こうが気付いた。歌声が途切れる。
「よう、おはようさん、」
 いい朝だな、とは言わなかった。壮観であるはずの広い土地に日が昇る様を見ながら、しかし彼も何の感銘も受けていない様子だった。ただ日が昇る、その事実を眺めている。
 この戦場で彼、ヒューズの姿を目にしたとき、なんとも言えない安堵感がロイの胸にはあった。
 士官学校の時の友人。中でも、不思議とロイとはぴったりと言えるほどに気が合い、こいつとの付き合いは長くなるだろうと、会って言葉を交わした数時間後には確信していた。傍から見れば性格などでは似ることの無い二人だったが、だからこそ、パズルのピースのようにしっくりとはまったのだと思える。
 士官学校を出てからはそれぞれ軍の持ち場で動き、忙しかったこともあり、しばらく会うことは叶わなかった。そんな折、同じように戦地に赴き再び顔を合わせた。
 目つきが変わった、とヒューズはそのときに言った。それは彼とて同じで、この戦争がそうさせたのだと、言わなくともわかりきったことだった。
 しかし一方で彼が士官学校のときと変わらぬものを持ち続けていることもわかった。多くの理想を口にした、あの彩られた日々を過ごしていた頃。
 ヒューズもロイの中にその頃の色を認めていることを知って大きな安堵が胸に降りた。まだ変わらぬものは自分の中に残っている。
 まだ、自分は失ってはいない。まだ。
「早いな、」
 声を掛ける。ヒューズは眼鏡越しの瞳で笑った。
「お前もな」
 そう言って、朝日に視線を転じた。着実に昇っていく太陽。今日もまた、どれだけの人を手にかけることになるか。
 ヒューズは先ほどの歌の続きを再び口にする。

 傷つき、心壊れた時には
 ただ声を上げればいい

 ロイは、抑えられたその低い歌声が朝の薄い空気に溶けていくのを、ただ聴いていた。

 主と共にあるのなら
 私は立っていられる
 何がこの身に降りかかろうとも
 私の運命は主の手の中に

 最後のフレーズが日に溶けると、ヒューズは口元を歪めた。
「主の手の中に、か」
 その声にロイはヒューズの瞳を透かし見る。
「なら、今この状況は、神様の望んでることってのか?」
「神などいないさ」
 少なくとも、この土地には。荒れた土と岩に、人々が崇めているイシュヴァラの神。彼の人はいったい今この地のどこにいるというのだろうか。
「神に見放された土地か、」
 惨めだな、とヒューズが言い捨てる。頼って見捨てられるくらいなら、元から神などに頼りはしない方が良いに決まっている、と乾いた笑いを吐いた。
 ロイは繰り返す。
「神などいない、人間を裁くのは」
 人間だ。
 それが、理にかなったものだろうと、あまりにも理不尽なものであろうと、人間の運命を左右するのは自分自身を含めた、同じ人間であるに違いないのだ。
 この地で、嫌というくらいにそれを知った。
 ヒューズは忌々しく呟く。
「その点に関して言えば、この国の最高権力者様の言うことは、どんなにも正しいってことだ」
「なんだ?」
「言っていたのさ、キングは。神などどこにいるものか、ってな」
 ああ、言うなればこの戦争の全ての元凶のようにさえ思える我が国の長、それは確かに正しい。

 私の運命は、主の手の中に

 再びメロディを口に乗せたヒューズは、腰掛けた瓦礫から立ち上がる。
「人を裁くのは確かに人さ、だけどな」
 日の光を受けながら、ロイへと向き直る。
「人を救うのもまた人だ、そうだろ?」
「……そうだな、」
 微かに唇に笑みを乗せた。ヒューズはそれを見て、にっと口元を引き上げた。
「今日はお前の隊で動く、よろしく頼む」
「…本当か?」
 差し出された掌。取らずに眺めながら、問う。
「ああ、どこも人員不足さ。異動が激しくて困るよ」
 敵も多く死んだ、しかし味方も次々と死んでいく。守りきれなかった部下はもうどれくらいになっただろうか。
 双方に広がる被害。ただ毎日広がっていくだけの、死。この戦争はいったいどこへ行き着くのか?
「俺の運命は、お前の手の中に、さ」
「……責任重大だな、死にたくねえ、だろう」
「ああ、そうさ。死にたくねえし…死なせたく、ねえ」
 たとえ声を上げたとしても、神には届かない。神は傍になどいない。自分達を見てもいない。
 傍にいるのは同じ人間。
 共に立って歩むのは、友。
「足手まといにはなるなよ」
「イエス、サー」
 手を取った。強く握り交わした。
 日が昇る。

 私の運命は、貴方の手の中に。





(06/11/23)
lyrics by K.Franklin