pietit coffrat 携帯のコール二つで呼び出され赴いた部屋は、色とりどりのリボンや箱で溢れていた。殺風景なその部屋に現れた華やぎに、レノはドアの前で足を止め、しげしげとその光景を眺めてしまった。 「人気者ですねえ、」 「立場上だ。受け取らないわけにもいかないだろう」 「またまた。多分半分は『社長』宛てじゃないと俺は思いますよ、と」 「言っていろ」 華やぐその贈り物たちに負けることのない金糸を揺らして、神羅カンパニーの現社長・ルーファウスはこちらに背を向ける。 もっと盛大に拗ねてみせてもよかったが、そんなことで今、機嫌を損ねられたりしてもつまらない。 「で、用件はなんですか、と」 世の中は今日と言う日、皆が浮き足立っていた。男は声をかけられるのをみっともないまでにそわそわと待ち、女は義理の中に忍ばせた本命を渡すタイミングを炯々と計る。 このご時世であってもチョコレート会社はここぞとばかりに商品を売り出し、民衆はそれを買い求める。一般より給料が優遇されている神羅カンパニーの社員には特に気合が入る者が多い。 まあ、世の中がそうしたイベントに浮かれていたって仕事がなくなるわけでもない、今日もいつもと変わらずタークスとしての仕事はきっちりとあり、もちろん仕事は仕事、きっちりとこなしてきたところだ。 そして今日の仕事もこれで終わりか、と言うそんなときにルーファウスからの電話は入ったのだった。 多少、期待がないわけではなかった。一日の終わりだったこともあったし、ルーファウスも社長としての仕事を丁度終わらせたあたりだろうと思ったから。それに何より、今日はそういった日でもあるのだ。期待するなという方が間違っている。 しかし弾む心で出た電話越しに聞こえた声は、仕事の口調で 「頼みたいことがある」 と。仕事だとわかると、とたんにがっかりする気持ちは抑えられなかった。 しかし仕事は仕事、こんな日にまでと思わなくはないが、きっちりとやる主義だ。そんなことでこの部屋までやってきたわけだったが。 「ああ、それを届けて欲しいのだが」 そう言ってルーファウスが指し示した先には、贈り物たちの脇に置かれた、袋に詰められたいくつかの花束。それは他と違ってもらったものではなく、ルーファウスが用意したものであるらしい。 「届ける?」 「届け先はここに書いてある」 渡された紙に書いてあるのは、上から下まで女性の名前とその家の場所だった。 「今日中に、頼むよ」 「……これは仕事ですか?」 「仕事とは言ってないが?私用の頼みごと、だ」 にやりと笑みを浮かべたルーファウスに、レノはがっくりと肩が落ちるのを感じた。 何故よりによって自分が、ルーファウスから女性宛である贈り物を届けに行かなければならないのか。しかも今日中といったらあと数時間もない。 しかしレノが仕事であろうと私用であろうと、ルーファウスの頼みごとを断れたためしはなかった。幸い、どの場所もここからそう離れてはいないようだ。 「俺は運送屋じゃないぞ、と」 「そう言うな。もう時間もなくてな。お前に頼むのが手っ取り早かった」 「はいはい、わかったよ、」 紙をたたんでポケットに押し込む。 「にしても、今日はバレンタインじゃないのか。アンタから贈ってやらんでもいいだろ」 少しの僻みを含ませて言ってやると、ルーファウスからは綺麗な返答が返ってきた。 「何を言う。今のバレンタインは、どこぞのチョコレート会社の仕組んだ作られた慣習だ。本来は、贈り物をするのに女から、男から、とこだわるものではないのだよ」 「さすがは、プレジデント・ボンボン」 「……その名前は言うな」 しかし、確かにそういうところでルーファウスは律儀だ。フェミニストでもある。レノはひとつひとつがささやかながら綺麗にまとめられたその花束たちを抱えた。 「ま、さすがにチョコレートは用意できなかったみたいだな、」 「チョコレートにこだわる必要もない」 そうは言ったが、今の時期、男がチョコレート売り場に足を踏み入れるのが難しいことはわかっているだろう。 世間には有名な神羅の社長だ、これも自分で用意したとは考え辛いが、それだとしてもチョコレートを用意するには抵抗があったに違いない。自ら赴かなくとも、ルーファウスの用向きであることが漏れて、妙な噂が立たないとも限らない。 その妙な噂が全くのデマでないところが、楽観視もできないだろうと、レノは無責任に思う。ルーファウス自身が今の時期のチョコレート屋にチョコレートを買いに行く図、というのはなかなか面白いので見てみたいとは思うが。 けれど、もし逆に見られていたりしたら、恥ずかしくて耐えられたものじゃなかっただろう。 「……俺はこれを買ってきた勇気をほめて欲しいぞ、と」 胸ポケットから取り出したそれを、ぽん、と放る。ルーファウスは、思わずといったように差し出した手でそれを受け止めた。 「お前……これ、」 ルーファウスはそれを見て、目を丸くする。その表情が見られただけで、とりあえずは満足だ。 ルーファウスの手の中にあるのは、上品にリボンをかけられた赤い、小さな箱。高価な宝石でも収めてあるようなその箱は、ささやかだけれど想いを伝えるものだ。 本当は、その大きさの割にはささやかなんて値段じゃすまなかったのだけど。仮にも社長、下手なものはやれないし、更にそれを男の自分が手ずから買いに行ったのだ、手に入れる苦労は人一倍だった。 「男からも女からも関係ないなら、受け取るだろ、」 「……ああ、もらっておいてやるさ」 そう言ったルーファウスは、顔をくしゃりとゆがめて笑った。 「よし、じゃあ行ってくるぞ、と」 レノは花束を抱えなおして部屋を出る。 「あ、こいつの報酬は、帰ってからたっぷりともらうって事で」 「……今日中に配り終えられたら、な」 花束が入れられていた袋の一番底に、小さく綺麗にリボンをかけられた箱と『レノへ』と書かれたメモを見つけたのは、その日が終わる数分前のこと。 (06/2/15) |