「今日は工藤君いないんですか」
 普段ならいるはずの人物が所内のどこにも見当たらないことを知って、訊ねる。
「ええ、工藤君は今日明日休みよ。昨日、休みたいって言うから、今はそう大きな依頼もないし、取らせてあげたわ。最近頑張ってくれていたし」
 執務デスクに座って書類を整理しながら、この小さくも名の通った事務所をまとめる人物が答える。優秀な女弁護士でもある彼女は人を見る目も優れていて、事務所にいい人材が揃っているのは偏に彼女の能力の高さだと言えた。
 中でも、異例の調査員としてここに勤める工藤新一に関しては、特に大きな功績と思える。まだまだ若い彼の思考の鋭さには誰もが舌を巻く。事務所で取り扱う案件の誰も気づかなかった真実を、ずばりと指摘するのだ。その思考力の高さは所内の皆が信頼を置くものだ。
「なんだ、昨日受けた案件のことで相談したかったんだけどなあ」
 今日はそんな彼がいないことで嘆かなくてはならない。
「それは貴方の受けた依頼でしょう?工藤君に頼ってないで、自分で調査しなさい」
 厳しい所長の言葉には、思わず苦笑いを浮かべる。
「それにしても、工藤君が自分から休みを希望するなんて、珍しいですね」
「そんなことはないわよ。今までも何回か、休みを取りたそうにしていたことはあったもの。けれど、そういう時って毎回忙しい時期で、取らせてあげられなかったのよ。だから今回休みにしてあげられてよかったわ」
 所長は、昨日彼が「あの、明日とあさって、休みにできませんか?」と躊躇いがちに切り出してきたのだ、と説明した。
「へえ、何か用事でもあったんですかね」
 すると所長は書類をまとめる手を止めて言った。
「あら、そんなの、デートに決まってるじゃないの」
「えっ、工藤さんって、彼女いたんですか?」
 コーヒーを運んできた事務の女の子が横から声を上げる。
「僕も知らなかったですよ。所長、いるって聞いてたんですか?」
「……本人の口からはっきりは聞いていないけれど、見ていればわかるじゃない?」
 そう言われるが、心当たりはなかった。
「だめね、そんなじゃあ、人間を見る目はまだまだよ」
 コーヒーに口をつけた所長はあっさりと言う。
「詳しいことはわからないけれど、すごく大切にしている人がいることは確かよ。メールを見て蕩けそうに幸せそうな顔していることもあったし、昨日だって、今日休みと決まったとたん、この上なく嬉しそうに笑うんだもの」
 所長はルージュをひいた口元に笑みを浮かべた。
 確かに、頭が切れるだけでなく顔もずいぶんと整った彼に、恋人がいることは不思議ではないと思う。しかし、いつでもそつのない彼に、そんな風に想いを向ける相手がいるということには少し驚く。
 事務の女の子は、あからさまに落胆した表情を見せている。ご愁傷様、と、多少同情と共に心の中で呟いた。
「だから、今日明日は工藤君に仕事で電話をかけようなんて思わないことね」
「そんなことしませんよ。馬に蹴られたくはないですから」
 笑って言って、仕方ない、今回は自力でなんとかするかと覚悟する。
 あの工藤君の相手なら、きっと美人なんだろう。今度、写真の一枚でも見せてもらおうと企みながら、今日の仕事にとりかかった。



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