two days, one night



 夢の中で気持ちよくまどろんでいたところに、勢いよく扉が開かれる音が割り込んだ。
「いつまで寝てんだよ、起きろ」
「んー…」
 次いで降ってきた声を何とか意味として捉えて、寝ぼけ半分に答える。しかし、身体は言うことを聞かず、もぞ、と寝返りを打つにとどまった。
 普段ならば朝のこの時間、こんなに寝覚めが悪いということはない。けれども、前日に剣道部の同窓会で飲み会に参加し……すっかり時間を過ごして帰ってきたのは明け方。何とかシャワーだけを浴び、ベッドへダイブしたのは、ほんの二、三時間前だろう。まだ充分な睡眠には程遠い。
「もう少し、寝かせえや……まだ昼前やろ…?」
 重たい口を動かして、それだけを言う。声は前日の酒のせいでかすれている。そして再び夢の中へ落ちて行こうとするところへ、対照的にはきはきとした声が告げた。
「さっさと起きねえと、置いてくぞ」
 置いてくって…?
 言葉の趣旨が理解できなくて、考え働かせた結果、結局頭は完全に覚醒してしまった。目蓋も仕方なしに引き上げて、身体を起こしてベッドの脇にまっすぐに立つ新一の方を向く。
「……今日、出かける予定なんか、あったか?」
 なかったと、思う。少なくとも平次の記憶の中には。そもそも最近はそんな暇もなくて、話にすら出なかった。お互い、決まった休みが取れるわけではない仕事のため、休みが重なることはあまりない。
 そういえば、今日新一は休みだったか?
「お前、今日明日非番だろ?」
「ああ、せやけど……」
 新一も休みだったのか、と続けようとしたが、彼の有無を言わさぬ声に遮られた。
「じゃ、あと三十分以内で支度。それ以上は待たねえからな。さっさと出発するぞ」
 だから、出発するって、どこに?
 再び疑問が浮かぶが、訊ねる間を与えずに、新一は部屋を出て行こうとする。すると、あ、と戸口で振り返り、
「明日の着替えも用意しろよ」
 言い残してバタンとドアを閉められる。
 泊まりかいな……
 ベッドの上にぼんやりと取り残され、事態をあまり把握できないままに、とりあえず新一の言う通りに準備をしなければとだけ思う。
 しなければ、本当に置いていかれてしまいそうだ。


 新一の操る車は、風を切って流れるように走る。高速に乗って西へ進路をとったようだが、平次はまだ行き先を知らされてはいなかった。
 空は気持ちのよい初夏晴れ。渋滞もない道路を快調に飛ばしていく。
 優美なラインで並走車を追い抜いていく姿は、他のドライバーの視線を集めるのに充分だろう。色は空を映したブルー。デザイン性に優れたイタリア車は、新一が二十歳の祝いの時に父親から買い与えられたものだった。
 平次もたまに足に使わせてもらうこともあったが、一人のときは大抵自分のバイクを使うため、この新一の愛車で移動するのは久々のことだった。学生時分は、バイクでも車でも二人でよく出かけた。やはりお互い忙しいと、中々どこかへ出かけることも少なくなる。
 そう思えば、こうして出かけるのはいつ振りだったろうか。
 記憶をたどりながら、齧り付いたイングリッシュマフィンを咀嚼する。慌しく出てきたため家では朝食を食べる時間を取れず、途中で買ったものだ。
 レタス、卵、トマトの挟まれたそれを四分の三ほど食べ終わったところで、隣の新一から声がかかった。
「俺も、少し腹減ったかも」
 他がなかったので手元のマフィンを「食うか?」と口元に差し出してやる。新一は前を見、ハンドルを握ったまま、平次の手の中のマフィンに齧り付く。二口ほどですっかり食べてしまうまで、平次は右手を新一の方へ伸ばしたままでいた。
 すると残りのマフィンを食べてしまった新一は、包み紙を片手で丸めた平次の指先に、ぺろっと舌を這わせた。驚くが、どうやらついていたソースを舐め取ったものらしい。
 平次は、新一の口元についていたパン屑を掠め取ってから腕を戻した。
 その屑を自分の口へ運んで、新一に訊ねる。
「んで、どこ行くんや?」
「教えねー」
 あっけなく答えられて、聞き出すのはまだ無理そうか、と判断する。
 新一がこういう調子のときは、こっちからうるさく訊ねたところで意味がないというのは、長年の経験からわかっている。仕方なく、話の矛先を変えることにした。
「今日明日、工藤も休みやったんやな。知らんかったわ」
「ああ。休みになったの、昨日だったし」
「ふうん?今あんま忙しくないんか、」
「まあ、そうだな。人手は足りてるみたいだったから」
 新一の勤める法律事務所は小さいながらも優秀な弁護士達を抱え、常に忙しく動いているようだった。新一は、主に事務所に持ち込まれた案件の調査要員として、探偵家業の延長めいたことをしている。
「その分、戻ってきたら働けって言われちまったけどな」
 言った新一の口調が少し引っ掛かった。それは休みになったというより、新一が願って休みを取ったという状況に聞こえる。
 そういえば、泊まりということは場所も既に取ってあるということだ。目的地も新一の中ではっきりしているらしいことを見れば、行った先で適当に取ろうとしている可能性は考え難い。
 しかし、休みが決まったのは昨日と言う。昨日、いや今朝方、平次が家に帰り着いたときには新一は既に眠っていたけれど。
 車がトンネルに入った。ごう、と走行音が反響する。新一がアクセルを踏み込み、再び、青空の下に走り抜けた。
「……前日予約で、よく泊まるとこ取れたな?」
 口元を緩めて新一を見れば、黙ったままのポーカーフェイスを作っている。しかし、唇の端がぴくりと反応するのを平次はきちんと目に留めた。
「久々やなあ、二人でのんびりすんのも。……場所は、着くまで教えてくれないん?」
「…どこだって、いいだろ?」
 一瞬、ちらりと窺うように平次に視線をやって訊いた新一の様子に、ふっと胸に染み渡るものを感じる。
 忘れたわけは決してないけれど、忙しい中で以前より実感することが少なくなってしまった気持ち。
「そやな。工藤となら、どこだってかまへんわ」
 思わず緩んだ頬で作った笑顔を向ける。前に向けた新一の、視線の端に入ることを知りながら。新一の頬には、少し赤みが差していた。
 平次は返答がないのを答えと受け取って、車のシートに身を任せた。強引ではあったが、平次を連れ出した新一に感謝しつつ。多少寝不足は辛いけれども。
 きっと、あの頃の愛しさに立ち戻る。
 そう感じて、心が弾んだ。




+Extra





(07/5/1)
The idea origin is smooth ace, "Two Days, One Night".